無境さんと夢妙君との対話  歯医者に行って~カルマと恩寵の話~

2015年09月08日 19:44:12

カテゴリー:対話

無境    二ヶ月ほど前から、歯医者に行っててね。

 

 

夢妙    お、今回は昔話じゃないんだね。

 

 

無境    いつまでも思い出に浸ってばかりもいられないからね。

 

 

夢妙    無理して飲んじゃー、いけないとー。

 

 

無境    それは「おもいで酒」だろうが。かなり無理矢理だな。それにしても君はよくこんな古い歌を知ってるな。

 

 

夢妙    無境さんの影響で、古い物に詳しくなったのさ。

 

 

無境    人のせいにばかりして。まあ「おもいで酒」は、小林幸子がギンギラギンのド派手衣装を着るようになる前に、本人にとって久方ぶりの大ヒットになった歌だな。苦節何十年。いかにも日本人好みの世界だ。

 

 

夢妙    「おもいで酒」がヒットしたころの映像を見ると、全然ド派手じゃないんだよね。何でいつの頃からか、紅白であんなド派手な衣装を着るようになっちゃったのかな?

 

 

無境    それは当人じゃないとわからないね。どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら、どうぞ教えてください。

 

 

夢妙    誰に言ってるんだい?

 

 

無境    それはいいとして、5年振りくらいに歯医者に通ってるんだが、最初は歯茎が腫れて歯医者に行くことにしたんだよ。

 

 

夢妙    ブログとかにも書いてたよね。

 

 

無境    そう。それで歯茎の腫れが引いたら、もう通わなくてもいいかと初めは思ってたんだが、どうも歯茎の様子が大変なことになってて、しばらく通うことになったんだよ。

 

 

夢妙    どうなってたの?

 

 

無境    私の歯の磨き方がいい加減で、歯石が溜まりに溜まって、そこに細菌が繁殖して、歯と歯茎の間、いわゆる歯周ポケットがどんどん深くなって、このままでは歯周病になってしまうと言われたんだ。歯周ポケットは3ミリくらいだとまだいいんだが、私の場合ひどい所は9ミリくらいになってて、きちんと処置しておかないと大変だと言われて、そこまで言われたら通わざるを得ないわな。

 

 

夢妙    へー。そうなんだ。よくそこまで放っておいたもんだね。

 

 

無境    激しく痛むとかなかったんでね。冷たいものを飲んだ時に滲みるとか、歯が浮いたような感じになるとかあったんだが、我慢できないほどではないから、つい歯医者に行くのを怠ってね。実はちょうど1年ほど前に、以前歯の治療をして詰め物をしたのがとれてしまって、これは歯医者に行かないとまずいかな?と思ったんだが、やはりひどく痛むとかなかったから、まだいいやと高を括っていたんだ。

 

 

夢妙    まあ歯医者に行くのが好きな人はいないからね。気持ちはわからなくもないけど。

 

 

無境    ところがそれから1年ほど経って、先ほども言ったように歯茎がそれなりに腫れてしまったんで、覚悟を決めて歯医者に行くことにしたんだよ。それで歯茎が腫れた原因だけど、歯医者さんが言うには、詰め物が取れた所から細菌が入ってしまい、それで歯茎が腫れたそうなんだ。だから詰め物が取れてすぐに歯医者に行っていれば、歯茎が腫れることもなかったんだね。

 

 

夢妙    そうなんだ。それは遅すぎたね。

 

 

無境    それは自分の責任だから仕方ないがね。それで5年振りに歯医者に通ってるわけだが、最近の歯医者さんはすごいね。

 

 

夢妙    どうすごいのよ?

 

 

無境    まず歯茎が腫れたんで、てっきり外科的処置をするのかと思ったら、薬を埋め込んで、飲み薬も飲んで、それで腫れが引くはずだとのことで、そういう治療を受けたら、ホントに数日で腫れが引いてね。一昔前なら麻酔をして、腫れたところの膿を外科的処置をしたと思うんだが、一切そういうことをせずに治療してしまった。

 

 

夢妙    それは以前からそうなんじゃないのかな?

 

 

無境    それはよくわからないが、ほとんど痛みなく治療してもらって、私は感激したよ。私は他の人たちと比べて、痛みの耐性はある方だろうが、やはり痛くないのに越したことはないからね。

 

 

夢妙    そりゃそうだ。僕だって痛いのは嫌だよ。

 

 

無境    そうだよね。それで歯茎の腫れが引いてからも通うことになったわけだが、歯周ポケットをグリグリして、中に溜まった歯石を掃除してもらったんだが、その時にやはり麻酔をかけるんだ。それでその麻酔もあまり痛くないんだね。そしてかなり歯の奥をグリグリやられたが、ほとんんど痛みがなかった。麻酔の性能もよくなってるだろうし、何よりもお医者さんの腕がいいんだろうよ。

 

 

夢妙    麻酔が効かないと大変だからね。僕は10年くらい前に歯の治療をしてて、その時に一度麻酔があまり効いてなくて、えらい目にあったことがあるよ。歯を削られてる時、麻酔をした割にはかなり痛くて沁みたんで、もうどうしようかと思ったけど、何とか耐えられるくらいの痛みだったんで、どこまで耐えられるかやってみようと思って、何とか耐え抜いたな。もう二度とあんなことはごめんだけどね。その時の医者はあまり腕がよくなかったな。その麻酔以外でも、治療中痛みがあったりしたんでね。

 

 

無境    そんなことがあったんかい?!いやはや、君も本当に変わってるねえ。普通は合図をして、もう一度麻酔をしてもらうものだろうに。

 

 

夢妙    何だか面倒になってね。僕のことはいいから、それでどうなったの?

 

 

無境    歯茎の腫れの治療が終わってから、虫歯の治療と歯周ポケットの掃除を行なっていき、どちらも先日終了したんで、来月に最後のチェックがあるんだ。たぶんそれで終わりだと思う。

 

 

夢妙    そうか、もう終わるんだね。

 

 

無境    そう。それで治療をしてはっきりしてるのは、歯茎がしまってきて、以前のように歯が浮くようなことがなくなってきたんだ。そして歯の磨き方を教わり、歯間ブラシを使って歯垢を取っていくと、最初は歯茎から血が出たりしてたんだが、近頃ではそういうこともなく、とてもすっきりするな。

 

 

夢妙    そんなに違うもんかね?

 

 

無境    うん。今までどれだけ要らぬものを溜めてしまっていたかよくわかったよ。そして歯医者に通うことで、気付いたことがあった。

 

 

夢妙    また気づきかい?無理矢理こじつけてないかい?

 

 

無境    何をおっしゃる夢妙さん。別に私はこじつけちゃいないよ。普段からきづきの主体を明確にしていると、日常でも様々な気づきがあるんだ。瞑想中だけ気づきの主体、別の言い方をするならばプレゼンスがあるわけではないんだよ。日常においても気づきが明確になって、本当に意味のあるものとなるな。

 

 

夢妙    まあそういうことにしておくとして、一体何に気付いたの?

 

 

無境    肉体次元で処理をしておくべきものを処理しておかないと、それが積もり積もって大変なことになるわけだが、それは意識において、精神世界においても同じことなんだよ。カルマは存在しない、と主張する人もいるけど、それは究極的にはそうかもしれないが、この世においては行為、言葉、思いというものが蓄積されていき、それがカルマとなる。それに私たちは翻弄されてしまう。根源と繋がってしまえば浄化の必要はないと言う人もいるが、完全に一体化してしまえばそうかもしれないが、それはなかなか難しくて、ほとんどの人は浄化も必要だよ。そんなに甘いものではない。

 

 

夢妙    それを歯医者で治療を受けていて気付いたの?

 

 

無境    以前から理解していたことではあるが、今回よりそれが深まったんだな。直感的に理解したというかね。

 

 

夢妙    理屈だけではないんだね。

 

 

無境    そう。それでカルマだけど、何でもかんでもカルマにしてしまう人もいるが、それもまた問題で、カルマだから諦めようとか、あいつはこういうカルマだから、とか決めつけてしまったり。そうではなくてカルマも浄化したり、越えていくこともできるんだから、何でもカルマだからとしてしまってはいけない。

 

 

夢妙    じゃあカルマを超えるとか浄化するにはどうすればいいのよ?

 

 

無境    これは色々とあって、こうすればいいというただ一つの回答はないけれども、普段からの身の行い、発する言葉、心の働きに注意を払い、できるだけ統御するということだね。これによって新たな業を形成することが少なくなってくるし、形成した業も自然に浄化もされてくる。

 

 

夢妙    そのために戒律とかがあるわけなんかな?

 

 

無境    そうね。私は前回の対話で戒律に対して否定的とも取られることを言ったけど、もちろん戒律にも重要な意味があって、身の行い、発する言葉、心の働きを統御して、新たな業を形成しない、蓄積された業を浄化していく、という意味合いがあるよ。私が言いたいのは、戒律にこだわり過ぎてはいけないということで、戒律がまるで無意味と言いたいわけではない。

 

 

夢妙    うん。でもさ、統御するのはいいけど、下手をすると抑圧してかえってやっかいなことになりはしないのかい?

 

 

無境    そこが難しいところでね。確かに統御しようとして、色々と欲求がでてきても、それを見ないようにしたり、意識の深いところに押し込んだりして、後でそれが強くでてきたりとか、別の形で歪んで現れてきたりすることもあるな。私はできるだけ自分を聖なるものとしようとして、怒りや執着などを無理に抑え込み、後々様々な欲求がが吹き出してきて大変だった。知り合いでも同じようなことをしていて、やはり大きな歪みを生じさせているので、あまり厳しく自己を律することをし過ぎると、おかしなことになってしまうよ。だからといって欲望の赴くままに生きればいいというものでもないし、その辺りの兼ね合いが難しいところだね。

 

 

夢妙    教師や警官や宗教家などの、お堅い職業とみなされている人たちが、一度タガが外れると滅茶苦茶なことをしちゃうとか、ちょくちょく聞く話だよね。あれも普段は自分を抑えていて、何かの弾みに爆発しちゃうのかな?

 

 

無境    そうだと思う。欲求が色々とあってもそれを表に出せずに、何かの弾みで変な形で出てしまう。やはり何事もバランスだが、すぐに私たちはバランスを崩してしまうからね。

 

 

夢妙    そのようだね。ところで瞑想はカルマに対して有効な手段なの?

 

 

無境    そうだね。私は有効な手段の一つだと思う。静かに己を見つめることで、普段は気づかなかった自分を構成している要素に気づく。動き回っていたらなかなか気づけないが、静かにしていることで気づきやすくなる。そして更に瞑想が深まることで、カルマが浄化されていくことも可能だ。まあそこまでいかなくても、普段は気付かないことに気づくことで、自分を統御していけるからね。大いに意義があることだよ。

 

 

夢妙    でもね、色々とカルマが内在している状態で、静かに内面を見つめていけるものなのかね?

 

 

無境    そうなんだ。色々と蓄積されている状態で、ただ静かにしているというのはとても難しい。思考や感情がわさわさ出てきて、浄化されるどころか、新たなカルマを形成することにもなりかねない。

 

 

夢妙    じゃあどうすればいいのさ?

 

 

無境    いくつかの方法はあるが、体を動かしたり、深呼吸をするというのは有効だね。ヨーガは色々とポーズを取るものだと思われているが、あのポーズはアーサナというんだけど、アーサナはヨーガの一部にすぎない。アーサナを行うことで体を動かしてほぐしていく。それだけではなくエネルギーの流れもスムースにする。それによってしずかに座りやすくなる。それとヨーガでは呼吸法も重要で、ヨーガの呼吸法はプラーナーヤーマというが、プラーナーヤーマを行うことで呼吸を整えて、瞑想に入りやすくしていく。今日本でヨーガを実践している人の多くは、ヨーガの一部しか知らない。ともかくヨーガは優れたシステムだよ。

 

 

夢妙    じゃあヨーガをやればいいんかい?

 

 

無境    ヨーガが合う人はヨーガをやればいいが、しっくり来ない場合は無理にやることもない。例えば気功も体、呼吸、エネルギーに働きかけるから、ヨーガと同じような効果が期待できる。武術にも同じ要素があるね。自分にとってしっくりくるものをやればいいし、特別なことをしなくても、体を動かして深呼吸をするだけでもいいよ。体を動かすのは歩くてもいいし、ダンスしてもいいしね。それに声を出すのもいいね。大声を出すセラピーや瞑想もあるが、これは日本で生活しているとなかなかできないから、歌うでもいいし、ハミングをするのも効果があるよ。

 

 

夢妙    そうか。でもこれをすれば絶対大丈夫、というものでもないよね?

 

 

無境    それは大事なところで、優れた技法、やり方はたくさんあるが、これさえやれば大丈夫、というような万能薬のようなものは存在しない。Aという人には有効でもBという人にはまるで効果がない、ということもある。まずは自分に合ったものを見つける。やってみて心地よかったり、腑に落ちる感じがしたらそれをやればいい。誰々さんがこれがいいと言っているから、というのではなく自分自身の感性で決めることだよ。もちろん他人の意見を参考にすることも大事だけど、最終的には自分で決めることだよ。

 

 

夢妙    結局は自分自身のことだからね。

 

 

無境    そう。ただ自力だけでどうにもならない時は、他者の助けを借りることも必要だね。セラピーやヒーリングを受けることも有効なことがある。ただしセラピーやヒーリングも玉石混交で、本当にいい人、いいものに巡りあえればいいが、偽物も多いから注意しないといけない。有名だから、人が大勢集まっているから本物だとは限らないし、むしろそういう人達はビジネス的な人も多い。もちろん有名で本物もいるけどね。

 

 

夢妙    本物と偽物を見分けるにはどうすればいい?

 

 

無境    これも絶対的な基準はないが、私が思うにまずは法外な値段をつけているところは避ける。良いことばかりを大袈裟に飾り立てているのも避ける。そしてセラピストやヒーラーもホームページやブログをやっている人が多いから、そこに書かれている内容を鵜呑みにしないでよく吟味する。だけど最終的にはやはり自分の感性で決めること。

 

 

夢妙    結局はそれかい。

 

 

無境    人は何らかのものに依存しないと生きていけないが、過剰な依存は禁物だ。特に精神や霊性を扱うものや人には、過剰な依存心を抱きやすい。それによって浄化されるどころか、逆に大きなカルマとなることも少なくない。これに関しては十分な注意が必要だよ。

 

 

夢妙    無境さんは、その点に関してはかなり気を配っているね。

 

 

無境    私自身そこに引っかかってしまったし、他にも多くの例を見ているからね。

 

 

夢妙    なるほどね。とりあえずここまでかな。

 

 

無境    いやいや。まだ言っていないことがある。

 

 

夢妙    まだあるんだ。それは何?

 

 

無境    カルマを浄化するにも、魂の目覚めに至るにも、自力だけでは限界があって、助けが必要なのさ。私はよく恩寵と言ってるけどね。

 

 

夢妙    でたね。無境さんお得意の恩寵。最近よく修行と恩寵の両方が必要だということを言ってるね。

 

 

無境    そう。以前の私は修行系で、ともかく厳しく修行をすることで浄化されて目覚めていく、という思いがあった。でもそれだけではダメで、他力の要素、恩寵が欠かせないことに気づいてきたんだ。ここで注意しておきたいのは、グルイズムでは特定のグルが祝福や恩寵を与えられる、とすることがあるが、恩寵は特定の人物からもたらされるものではない。そのような限定的なものでなく、もっと広大で深みのある次元からもたらされるものだよ。

 

 

夢妙    そうなんだ。いわゆる物質次元ではなく、別の次元からもたらされるものなのかな?

 

 

無境    私はそう認識しているけどね。別次元といっても、私は天使がどうだとか、宇宙人がどうだとかは言わないけど。それらを完全否定するわけではないが、もっと根源的な、形のないところからのものとして私はとらえているよ。

 

 

夢妙    それが無境さんのスタイルだね。それで恩寵を受け取るにはどうしたらいいの?

 

 

無境    私が大切だと思うのは、あまりこだわりがなく素直でいることかな。それで恩寵を受けやすくなるような気がする。それとポイントはハートだね。ブログとかにも書いてるが、ここでいうハートはハートチャクラではなく、もちろん肉体にあるハートでもない。そして最初はいわゆる肉体上のハートあたりを意識するが、本来のハートは限定的なものでなく全てに偏在している。そして多くの人々のハートは閉じているが、ハートが開いてくることによって、恩寵を受け取れるようになってくるんだよ。

 

 

夢妙    ではハートを開くにはどうするの?

 

 

無境    ハートや恩寵の話にまで発展してきたけど、それを語り出すと長くなるからまた改めて対話しよう。一つのテクニックとしては、ハートを意識して呼吸をすること。他にもいくつかあるが、とりあえず今日はここまでで。

 

 

夢妙    あんまり長くなると僕も疲れちゃうからね。また教えてちょうだい。

 

 

無境    ハイ、それでは時間となりました。また次回お会いいたしましょう。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

 

 

夢妙    あんたは淀川長治かい⁈

 


恩寵を分かち合う瞑想会

2015年08月31日 17:30:33

カテゴリー:瞑想会

恩寵は常にここにありますが、私たちの側が閉じていて、恩寵を受け取ることができなくなっています。この瞑想会では、恩寵を受け取るきっかけとなることを目指します。

恩寵とは何か?それは言葉で説明できるものではありませんが、あえて言うならばこの世を超えたより微細な次元からのものです。
それを光として体験する人もいるでしょうし、エネルギーを感じる人もいるかもしれません。体験は千差万別ですが、大元は一つです。

恩寵を受け取る鍵はハートにあります。瞑想会ではハート瞑想を行いますが、それでは十分ではありません。
その背景に気づきとくつろぎがあります。まずは気づきを明確にし、それから心身をくつろがせ、男性原理と女性原理を統合させていきます。

気づきがなくハートが開くと、方向性を見失います。そしてくつろぎリラックスすることで、広がりと深みが生じ、ハートが開いていく準備ができます。それからハート瞑想に取り組むことで、恩寵を受け取ることができてきます。

瞑想会ではこれらのこと以外に、身体技法や音を用いて、瞑想しやすい状態を形成していきます。
ですから瞑想初心者の方でも、安心して参加していただけます。瞑想に慣れた方は、普段とまた違った広がりや深みを体験できるかもしれません。

覚醒者の中には、「恩寵の働きがないと、覚醒は生じない」という人もいます。恩寵は魂の目覚め、覚醒において非常に重要なポイントです。
そして魂の目覚めや覚醒に関心がない方でも、恩寵の働きによって、この世の苦しみを軽減させ、できるだけ楽に生きていくことが可能となるでしょう。

 

 

瞑想会では私がリードする形をとりますが、「教える側」「教わる側」というものではなく、そこに集う人たちによって恩寵が起こり、それを分かち合う場となります。上下関係はなく、そこにいる人たちが同じ立場で恩寵を分かち合います。そのことを五感を超えた、より微細なもので感じ取ってみてください。

◎日時  9月20日(日) 14時~17時  9月23日(祝) 14時~17時
      

◎料金  3000円

◎場所  埼玉県  申し込みをされた方に、具体的な場所をお知らせします。

参加希望される方は、お申込み・お問い合わせから連絡お願いします。


無境さんと夢妙君の対話  伝統のとらわれを超えて

2015年08月20日 18:19:58

カテゴリー:対話

無境    今回も思い出話しから始めるよ。

 

 

夢妙    また過去の話なんだ。今にいないねえ。

 

 

無境    そういうことじゃないよ。その方が話しやすいから、思い出話から入るんだよ。

 

 

夢妙    まあいいや。今回はどんな話?

 

 

無境    私は今現在は自分に合った瞑想や教えを見つけているけど、以前はなかなか見つけられなくて彷徨っていたんだよ。

 

 

夢妙    今は「これだ!」というのが見つかって良かったよね。

 

 

無境    うん。それは幸運だったけど、見つかるまでは色々と苦労したな。やはり伝統的なものがいいだろうと思って、瞑想中心のヨーガを学んだり、チベット関連の瞑想会やセミナーにもよく参加していたな。

 

 

夢妙    色々と手を出していたんだね。

 

 

無境    そうね。そんな中でもチベットに縁を感じて、いくつか参加してみたんだが、ある時チベットに伝わる奥義を修行してきた日本人がいて、その人が瞑想会をやるということで、これはチャンスだとすぐに参加したんだ。

 

 

夢妙    それはどんなやつなの?

 

 

無境    具体的な名前を出すと差し障りがあるから言えないけど、チベットに伝わるものでも最高峰の修行法、瞑想法が学べるかもしれないということで、ついに自分が求めていたものを学べると、大喜びで参加したんだ。

 

 

夢妙    そうなんだ。よほど嬉しかったんだね。

 

 

無境    ところが大どんでん返しがあったんだよ。

 

 

夢妙    とんねるずでも登場したの?

 

 

無境    ねるとんじゃないんだから、そんなことあるわけないだろ。ちなみにとんねるずは私の高校の先輩にあたる。

 

 

夢妙    へー。あの高校なんだ。野球とサッカーが強いところね。

 

 

無境    近頃はちょっと冴えないがね。余談だが、私が在学中に甲子園にも出場して準優勝になって、一回戦だけ応援に行ったぞ。バスで何時間もかかって疲れちゃったから、一回しか行かなかったけどね。サッカーは国立競技場ですぐに行けるから何回か応援に行って、 優勝した年もあったんだ。

 

 

夢妙    それはすごいね。なかなかそれは体験できないよ。

 

 

無境    優勝はめでたいんだけど、その時は延長戦でも決着がつかず、両校優勝というふざけた結果だったんだ。だから優勝は優勝だけど、何だかすっきりしなくてね。女子生徒は優勝は優勝だと喜んでいたけど、男子は納得いかなくて「決着がつくまでやらせろ」とみんな言っていたな。そこは男性と女性の考え方の違いなんだろうねえ。

 

 

夢妙    思い出話がどんどん過去に遡っているから、そろそろ話を戻そう。

 

 

無境    どこまで話したっけな。そうだ、どんでん返しがあったという話だが、その瞑想会には3〜4度参加したんだけど、ある時から参加できなくなったんだよ。

 

 

夢妙    そりゃまたどうして?

 

 

無境    これから説明していくけど、ある時瞑想会が終わってから、主催者の人に二人で話がしたいと言われて、カフェで話をしたんだよ。

 

 

夢妙    ふむ。なんだろね?

 

 

無境    最初は特別な話でもしてくれるのかと期待してたんだが、そうではなかったんだよ。私は当時からブログを書いていたんだが、そこでチベットの奥義に関することを、一般ではんばいされている書籍から引用して、記事を書いたことがあったんだが、それを問題視されたんだ。

 

 

夢妙    何が問題なの?

 

 

無境    チベットでは密教が伝わってるが、密教は秘密の教えで、それを多くの人が目にするブログに書くことはいかがなものか、ということを言われたんだよ。私としては多くの人が読める書籍から引用したものは問題とは思っていなかったし、実際密教の書籍から引用してブログを書いている人は、他にも多くいたからそれくらいいいだろうと思っていたが、主催者からしたら大いに問題だったんだな。

 

 

夢妙    ふーん。そこで教わったことをブログに書くのは問題だろうけど、一般の書籍に書いてあることを引用するのが、それほど問題なのかねえ?

 

 

無境    主催者の人は、本当に熱心にチベットに伝わる奥義を学んでいて、戒律も厳しく守ろうとしていたからね。その人からすると大きな問題と見えるんだろうね。

 

 

夢妙    そういうものか。それでどうなったの?

 

 

無境    正直納得いかないところもあったが、主催者の言うこともわからなくはないから、そこではわかりました、これからもよろしくお願いします、ということになったんだ。

 

 

夢妙    その場はそれで終わったのね。

 

 

無境    うん。それから一ヶ月ほど経って、次回の瞑想会を予約しようとして、主催者にメールをしたんだ。その時は友人も誘って二人で参加しようと思ってたんだ。

 

 

夢妙    興味を持ってくれたんだね。

 

 

無境    一人での参加もいいが、友人と一緒に参加できるのも嬉しいから、とても楽しみにしてたんだ。ところがメールの返事がきて、それがどんでん返しだったのだよ。

 

 

夢妙    何て返事がきたの?

 

 

無境    前回ブログに密教のことについて書かないと約束したにもかかわらず、またそれに関することを書いていましたね。そのようなことがあっては、今後参加をお断りせざるを得ません。というような返事がきたんだ。

 

 

夢妙    無境さんまた書いちゃったの?それは問題じゃない?

 

 

無境    正直なところ、どんなことを書いたかよく覚えていないが、また問題視されることを書いてしまったようだ。それは確かに私が悪いが、本音を言えば書籍からの引用がそれほど問題か?と思ってもいたから、また書いてしまったのかもしれない。それにまさか参加を断られるとまでも思ってなかったんだろう。

 

 

夢妙    約束したから、それは問題視されても仕方ないよね。

 

 

無境    そうだね。私も軽率だった。ただこう言うと身も蓋もないが、参加を断られて逆に良かったなと今では思っている。

 

 

夢妙    そりゃまたどうして?

 

 

無境    私は伝統的なものにとらわれがあって、密教やヨーガを極めたいと思っていたんだ。ところが参加を断られて、それに対してのとらわれ、こだわりというものが落ちたんだよ。今私がやっているものは、いわゆる伝統的な仏教やヨーガなどではないが、それでも十分に成果がある。伝統的なものがダメということではなく、自分自身に合うものを学び、実践すればいいということに気づくことになっていったんだ。

 

 

夢妙    結果的には良かったわけだね。

 

 

無境    そうだね。それで予め言っておくけど、今から私が言うことは顰蹙を買うかもしれないけど、正直な思いを言っておきたいので、誤解を恐れずいうことにするが、主催者の人と話した時、主催者がグルへの思いを色々と語って、グルを裏切るようなことをしてはいけないと私を諭して、感極まったようでしまいには涙を流し始めたんだよ。

 

 

夢妙    そこまで思いが強かったんだね。

 

 

無境    そのようだね。それで私も貰い泣きをしたかというと、それが差にあらず、その思いに打たれた面もあるけど、逆に冷めちゃった面もあったんだ。ひどく冷静に相手の様子を見ていて、主催者の話も私の心に響くどころか、逆に距離を感じる結果になってしまったんだよ。

 

 

夢妙    無境さんはそういうところあるからねえ。笑いと泣きの瞑想で、笑う時は狂ったように大笑いしてるけど、泣く時は泣いてないものね。

 

 

無境    泣くことが一切ないわけではないが、あまり泣くことはないね。よく映画を見て泣く人がいて、私は映画をそれこそかなりの数見ているが、映画を見て泣いたことはほとんどないね。俗に言う泣ける映画といわれるものを見ても、号泣することなど全くない。

 

 

夢妙    そうなの。全く映画を見て泣いたことないの?

 

 

無境    ウルウルきたことはそれなりにあるが、明確に泣いたのは「赤ひげ」を見たときだな。

 

 

夢妙    結婚してはその女性を殺していた話でよく泣けたね。

 

 

無境    それは「青ひげ」だ。赤と青で全然違う話だよ。君はわかって言ってるだろ。

 

 

夢妙    時々つい茶化したくなってね。それにしても「青ひげ」は童話なのに随分ダークな話だよね。

 

 

無境    童話は案外ダークな話が多いよ。子どもにダークな話を聞かせることで、闇に対する免疫をつける効果はあると思う。闇に全く触れないでいると、成長してから逆に闇に取り込まれやすくなる場合もあると思うな。まあそれはともかく、「赤ひげ」は傑作だよ。3時間ほどの長さがあるが、全く飽きることがなかったな。

 

 

夢妙    黒澤映画だよね。「七人の侍」や「生きる」に負けるとも劣らない評価を得ているね。

 

 

無境    うん。医者と弟子の師弟の物語だが、色々なエピソードが展開され、それぞれがとてもいい。私が泣いたのは、一人病気で死にそうな人がいて、みんなでその人の名前を必死に呼んでいる場面があって、そこで何だか泣けてきてね。そのころ私は病気で生きるか死ぬか、という人とやり取りしていたので、余計ぐっとくるものがあってね。

 

 

夢妙    「赤ひげ」は僕も見てみたいな。それで「赤ひげ」以外には泣けた映画はないの?

 

 

無境    はっきりと泣いたものはないな。私は本当に映画を見て感動すると、泣くとか笑うとかそういうものを超えて圧倒されるからね。「2001年宇宙の旅」やタルコフスキーの作品などを見ると、いつも圧倒されて言葉や様々な感情を超えて、もうただそこにあるとしか言いようのない状態に陥る。

 

 

夢妙    そこまでなれるんならいいね。

 

 

無境    昨今よく映画の宣伝で「全米が泣いた!」とかそんなのがあるけど、そんなのは私は逆に見たくなくなるね。日本人はお涙頂戴が好きだが、感動の押し売りは私は大嫌いだ。近頃は「感動をもらいました」なんて言う人がでてきてるが、感動はもらうもんじゃないだろ。取り引きではないんだよ。ああいう言い方はものすごく違和感があるね。

 

 

夢妙    なんか力んでるね。

 

 

無境    更に言わせてもらうと、さる映画評論をやっている人が、「映画を見て泣けない人は、共感力が足りない」と言ってて、それは無茶苦茶違和感あったね。涙を流さなければ共感できないのか?泣いていれば共感力があるのか?そうとは言い切れないだろう。単に自己満足で涙を流している輩もいれば、泣かなくてもきちんと相手に共感している人もいる。涙を流すという物理現象だけで、共感力を図ることなどできるか?いやできはしない。

 

 

夢妙    少し落ち着きなよ。

 

 

無境    もちろん涙を流すことは、浄化になるし、いいことだよ。ただ昨今のお涙頂戴とか、感動の押し売りがどうにも我慢できなくてねえ。

 

 

夢妙    無境さんは無理に泣かなくても自分の浄化ができるけど、どんな形でも泣かないとストレスが溜まる一方の人が多いんだよ。それだけ現代社会が煮詰まっていて、そこにいる人たちがのっぴきならない状態になっているんじゃないかな。

 

 

無境    そうね。色々とストレスを安全に解消する術はあるんだが、ほとんどの人たちがそれを知らないからね。そのことを少しでも伝えていきたいんだがねえ。

 

 

夢妙    時期というものがあるからね。今はなかなか伝わらなくても、少しづつやっていけばいいんじゃない?ところでかなり脱線しちゃったけど、何の話だったっけ?

 

 

無境    そうだ。主催者の人が涙を流して語っていたんだが、私は冷めちゃったというところまで話してたんだ。そんなこともあってチベットの奥義を学ぶことに関して情熱も冷めてきたんだが、まあ折角のチャンスだし今後も学んでいこうと思っていたら、結局参加することを断られることになって、それがとらわれを落とすことになり、自分合ったものを見いだすことになったので、それで良かったのだという結論に至ったと。

 

 

夢妙    何がどうなるかわからないものだね。

 

 

無境    そうだね。それでその主催者の人が言ったことか、他の人だったか忘れたが、やはりチベット関連の人が言ったのは間違いないが、自分の師匠が性的なことをしている人の指導を受けたくない、ということを言ってて、もちろん性的な行為に溺れていてはいけないけど、性的なことをしては一切受け入れられない、というのは私には極端に思えてね。性的なことをしているしていないより、その人の指導を受けて、私自身がどうなるか、それが肝心であり、枝葉末節にこだわっても仕方ないと思うんだな。

 

 

夢妙    戒律があるから、それを遵守しようとしてるんじゃないの。

 

 

無境    そういうことだね。戒律は大事だけど、それが目的となってしまってはいけないと思うんだ。初めは戒律をしっかりと守る。だけどそれにこだわってしまうと、解放されるどころか、逆に自分を束縛することにもなりかねない。何が自分にとって大事か、それを見失ってはいけない。戒律の奴隷になってはならないんだよ。だからといって戒律をまるっきり無視していいかといえば、それはそれで問題だし、難しいところだね。

 

 

夢妙    抑制が全て悪いかといえばそうとも言えず、エゴの赴くままでいると滅茶苦茶になっちゃうからね。最近の覚醒系のスピリチュアルでは、そこを混同しているケースがあるよね。僕は決まり事とか好きじゃないけど。

 

 

無境    そんなわけで、今回の対話で私が主催者の人に対して批判をしていると受け止める人もいるかもしれないけど、私は主催者の人に感謝しているし、その人はその人なりの道を歩んでくれればいいと思う。

 

 

夢妙    今回は脱線が多かったねえ。

 

 

無境    今後もこういうパターンが多いと思うが、そもそも対話というのは脱線が多いもので、よりリアルなんじゃないかな。

 

 

夢妙    と何でも都合のいいようにする無境さんでありました。

 

 

無境    それでは次回の対話まで御機嫌よう。

 

 

 


無境さんと夢妙君との対話   人の求めるものと、沈黙のスペースにあることについて

2015年08月12日 07:40:25

カテゴリー:ブログ

無境 しばらく前から予告していましたが、ようやくこのたび、夢妙(むみょう)くんとの対談が実現しまして、私としては感涙の極みであります。

 

 

夢妙  何を言ってるの。それはブログを読んでる人は知ってるけど、ここでは知ってる人などいないよ。

 

 

無境  ええええ?!そうなのか?!ここでは知られてないのか。。(涙)

 

 

夢妙  本当に感涙の極みのようだねえ(笑)

 

 

無境  これは感涙ではなく、悲しみの涙じゃ。

 

 

夢妙  まあこんな三文芝居はいいからさ。対談の第1号は、どういう話をするつもりなの?

 

 

無境  それが色々と考えたんだけどさ。とりあえず数年前の思い出話から入ろうかと。

 

 

夢妙  昔話からねえ。いかにも年寄り臭い入り方だねえ。

 

 

無境  大きなお世話だ。いきなりマニアックな話からだと、誰も読んでくれないだろう。

 

 

夢妙  わかったからさ。話を始めよう。

 

 

無境  それはかれこれ10年近く前のお話です。私は密教の阿闍梨の方の知り合いがいて、よく遊びに行ったり、少し密教を習ったりしていたんだよ。

 

 

夢妙  シンギングボウルを教えてくれた人でしょ。色々と世話になったんだよね。

 

 

無境  そう。その阿闍梨の方は色々な活動をしていて、シンギングボウルやタロットなどを教えたりもしていて、いわゆる密教という枠にとらわれない人だったんだよ。

 

 

夢妙  枠組みを取り払いすぎて、一部からは問題視されたりもしたみたいだね。

 

 

無境  そうね。宗教絡みだと、その辺りはなかなか難しいところだね。私はその人の枠にとらわれないところが好きで、話をしに行ったり、色々と教わったりしていたんだけどね。それはともかくある時密教の瞑想で月輪観(がちりんかん)というのがあるんだが、それをその人のところでやることになったんだ。

 

 

夢妙  月輪観てどんなんよ?

 

 

無境  簡単に言うと、自分の心を満月のようなものだと観想、イメージするんだよ。満月のように心が汚れなく、光り輝くものとして、自分の中にあるいは目の前に満月をイメージするんだな。

 

 

夢妙  へー。僕の心は、汚れなきどころか、色んなものでグチャグチャだけどね。

 

 

無境  それは当然誰でもそうだよ。それを汚れなきものとして、イメージしていく。そうするとそれを繰り返すうちに、次第に心がそのようになっていくんだ。

 

 

夢妙  そんなもんかねえ?

 

 

無境  まあ月輪観をやれば、誰でも効果がでるとは言えないがね。瞑想して効果がでる人もいれば、なかなか成果が出ない人もいる。個人差はあるわな。

 

 

夢妙  そりゃそうだろね。

 

 

無境  ともかく、私は月輪観というものをそれまで経験したことがなくて、どんなもんかやってみたかったので、喜んで月輪観をやりに行ったんだ。

 

 

夢妙  へー。無境さん色んな瞑想やってたのに、月輪観それまでやったことなかったんだ。

 

 

無境  それまで機会がなかったんだね。それでまあ実際に月輪観をやってみてとても良かったんで、しばらくやり続けようと思ったんだよ。そこではそれまで般若心経を読経したり、真言を唱えたり、といった瞑想をやっていて、私はそれも好きだったけど、そればかりだと物足りなくて、ようやく自分がやりたい瞑想ができると嬉しかったんだ。

 

 

夢妙  そうなんだ。それは良かったね〜。

 

 

無境  ところがその喜びも長くは続かなかった。

 

 

夢妙  え?何があったの?

 

 

無境  さっきも言った通り、そこでは読経や真言を唱えることをやっていて、それには人がそれなりに集まっていたんだ。ところが月輪観では、私以外にもう一人の人が参加するくらいで、いつも閑古鳥が鳴いていたんだ。

 

 

夢妙  ふむ。なんでかね?

 

 

無境  読経したり、真言を唱えるのはわかりやすいからね。何人かで声を出していると、簡単に変性意識に入って心地よくなるし、まあ初心者にはやりやすいんだよ。ところが月輪観はまずイメージが難しいし、イメージできてもそれですぐにどうこうなるわけじゃないから、初心者にはハードルが高いんだな。

 

 

夢妙  そこには瞑想に慣れた人はあまりいなかったの?

 

 

無境  指導していた人が、密教の教えややり方を、できるだけ広めていきたい、というのが中心だったから、瞑想熟達者はあまりいなかったな。初心者の人が多かったし、密教に慣れ親しんだ人でも、読経とかが好きで、座って静かにしているという方向に向いている人は、あまり見受けられなかったね。

 

 

夢妙 そんなもんなんだね。

 

 

無境  まあ私は少人数でも、月輪観をやっていきたかったし、あまり大勢よりも、むしろ人数が少ない方が、有り難かったがね。ところがある日、指導者がこんなことを言ったんだ。「月輪観が人が集まらないからやめようかな。読経だけにするかな」それを聞いた時、私はめまいがしそうになったね。

 

 

夢妙 めまいがしたねえ。高いところにでも登ったの?

 

 

無境  それじゃあヒッチコックの「めまい」じゃないか。私は別に高所恐怖症ではないよ。いきなりわけのわからないボケをかましてくるなあ。

 

 

夢妙  そろそろボケの一つでもかましておかないと、読んでる人が飽きると思ってね。

 

 

無境  無理矢理ボケを入れなくていいよ。それはそうと映画「めまい」は傑作だよなあ。

 

 

夢妙  なんだ。無境さん見てるんじゃん。「めまい」は変な映画ではあるけど、面白いよね。

 

 

無境  人の闇や、幻想と現実などについて描かれてるし、なかなか深みがあるよ。スピリチュアルに関心がある人は、見てみるといいねえ。

 

 

夢妙  で、話を戻すと、どうなったの?

 

 

無境  結局のところ、人が集まらないからということで、月輪観のクラスは無しになって、読経や倍音声明といった、わかりやすいものばかりになってしまったんだよ。

 

 

夢妙  あらまー。そうなんだ。

 

 

無境  私は「人が集まらないからやめてしまうって、それってなんやねん⁈」と不満だったが、その人はある程度人が集まらないからと意味がないと思っていたようで仕方なかったね。それとまだ月輪観をやる時期ではないと思ったんだろう。少なくとも私がやる気まんまんだったから、やって欲しかったがね。

 

 

夢妙   まあ世の中、なかなか自分の思う通りにはいかないものだよね。

 

 

無境   それはそうなんだが、私はこの出来事で気付いたことがあった。

 

 

夢妙   どんなこと?

 

 

無境   たとえ密教に関心がある人達でさえも、形を超えた、より本質的な方向にはなかなか向かわない、ということだよ。

 

 

夢妙  それはしょうがないよ。さっき無境さん、そこに集まる人達は、瞑想初心者が多かったと言ってたけど、初心者ではいきなり形を超えたものに向かうわけないよ。それに密教に関心がある人達といっても、関心の持ち方は人それぞれで、みんなが無境さんのように、本質的な方向に向いてるわけではないでしょ。無境さんはそこんとこ理解が浅かったんじゃない?

 

 

無境  君にそこまで言われてしまうとぐうの音も出ないが、確かに私が期待をしすぎたところはあったかもな。

 

 

夢妙  でもまあ、無境さんにとって、良い学びとなったんじゃないの?

 

 

無境  そうね。私が瞑想会で時々使うたとえだけど、ディズニーランドと、人が少ないリゾート地とどちらに行く人が多いかと。

 

 

夢妙  僕は人が大勢いるところは嫌いだから、ディズニーランドなんかより、静かなリゾート地に行くな。

 

 

無境  君はそうだろうが、一般的にはディズニーランドに行く人がずっと多いじゃないか。

 

 

夢妙  そうなんだねえ。僕は一般的な感覚からずれてるからな。

 

 

無境  君がずれてようがいまいがどうでもいいが、何が言いたいかといえば、ほとんどの人が、静かにただあるより、五感の刺激を求めるんだよ。密教に関心がある人達でも、月輪観で静かにただあるより、読経や真言を唱えて、聴覚を刺激をしていた方が楽しいんだよ。

 

 

夢妙  そうなんだねえ。僕は何もせずに、ボケボケーとしているのが楽しいけどな。子供のころよくボケーとしてて、親からおこられたな。

 

 

無境  君がボケーとしているのは、何もせずにただある、というより、ただ怠惰なだけのような気もするがね。

 

 

夢妙  それは仕方ないよ。何せ名前が夢妙なんだから、すぐに仏教でいうところの無明に陥ってしまうんだな。

 

 

無境  そんなこと自分で言うんじゃない。まあ自覚できてるだけましかもしれんが。

 

 

夢妙  そうさ。僕は自覚してるが、多くの人達は自覚もしてないから、余計たちが悪いよ。

 

 

無境  そんなところで威張るんじゃない。それはいいとして、現代人の多くは、五感を刺激され続けて、感覚が麻痺している。次から次へと刺激を受け、その喜びを求め続けている。でも完全に満たされることはないから、決して満足することはない。それでより強い刺激を求めるという悪循環に陥っている。これぞ輪廻の輪の中にいるとも言えるわな。

 

 

夢妙  現代における輪廻の輪だね。

 

 

無境  そうだね。それで本来我々は、五感を超えた沈黙のスペースを内在させているんだが、それを完全に見失っている。そこにただあるだけで、全て良し、となれるんだがなかなかわからないね。

 

 

夢妙  これだけ刺激を受け続けていれば、わかるわけないよ。

 

 

無境  確かにそうだが、徐々に気づき始める人もでてきてはいるようにも思う。そういう人達が少しでも増えてくればいいがね。

 

 

夢妙  それで刺激を受けずに、沈黙のスペースにあるにはどうすればいいのよ?

 

 

無境  まずはそういうものがあると、そして私達はそれを見失っていることを知ることだな。

 

 

夢妙  知ったからってどうにかなるものでもないでしょ。

 

 

無境  それもそうだが、理解してるとしれないとでは大違いだよ。もちろんただ知るだけではダメで、それから実体験していくことが不可欠だが、まずは知り、理解し、そこから実感していくことだね。

 

 

夢妙  ではまず頭で理解したとして、それから実体験していく、実感していくにはどうするの?

 

 

無境  それはこうすればいいという、たった一つの正解があるわけではなく、人それぞれ色々とあるわけで、それを自分自身で見出していくことになるが、私が個人的に大事だと思うのが、静かにしていることだな。

 

 

夢妙  そんなんでいいの?それなら僕なんかちょうどいいや。さっきも言ったけど、何もしないでただボケーとしているのは大得意だからね。

 

 

無境   それほど単純な話ではないんだがね。これからおいおい説明していくけど、そもそも静かにしている、というのは、プンジャジ、別名パパジが言っていることで、それがすごく私にはフィットしたんだよ。

 

 

夢妙   プンジャジって誰よ?

 

 

無境   本物の覚醒を達成していた、ラマナ・マハルシの弟子で、プンジャジ自身も間違いなく目覚めていて、在家の覚者として活躍した人だよ。

 

 

夢妙  そのプンジャジが、静かにしているように言ってるの?何だか学校の先生みたいだね。

 

 

無境  茶化すんじゃないよ。夢妙君。うるさいから黙ってないなさい。

 

 

夢妙  僕が黙ってたら、対話にならないじゃないか。

 

 

無境  本当に減らず口ばかりだね。まあほっとくとして、プンジャジが「ただ静かにしていなさい」とよく言ってるんだ。ただ静かにしていると、思考や感情が色々と浮いてくる。それを否定したり、巻き込まれたりせずに、ただ観察しているんだよ。そうすると思考や感情が徐々に落ちていき、その背景にある沈黙のスペースが浮かび上がってくるんだ。

 

 

夢妙  そういうもんなんかねえ?僕はよく静かにボケーとしているけど、その沈黙のスペースなんてあるかどうかよくわからないな。

 

 

無境  ただ静かにボケーとしていても気づけないよ。静かにしているのはいいけど、意識の明晰さがあって、それで観察ができるからね。君がただボケーとしている時は、意識が混沌としているはずだ。それだと気づきは起きないよ。

 

 

夢妙  そうなんだ。それならただ静かにしていなさい、と言ったってそれができるための準備が必要じゃないの?

 

 

無境  まさにその通りで、現代の特に日本人が、「ただ静かにしていなさい」と言われて、「そうか。では静かにしていよう」と思ったところで、静かに観察などできはしない。それはウォーミングアップなしで、いきなり走り出すようなもので無理があるんだ。現代人は体が強張っていて、それだけでただ静かにしていることも困難だから、体をほぐすことも大事だし、マインドも動き回っていてとても静かにできないから、マインドに働きかけることも必要だね。

 

 

夢妙  OSHOがやってたことはまさにそれでしょ。体動かしたり、呼吸を使ったり、大声を出したりとかさせて、心身を浄化してから、静かな瞑想をさせたんだよね?

 

 

無境  そうなんだよ。OSHOは現代人がいきなり静かにしていることはできないから、その準備をさせたんだ。それで色々なテクニックを編み出した。瞑想はテクニックではない。覚醒にテクニックは必要ない、という人がいて、それは実際その通りだけど、静かに観察できるように、テクニックを導入するということは必要で、テクニックは一切必要ない、というのは極端だと思うね。

 

 

夢妙 クリシュナムルティなんか、テクニックを否定してるじゃない。

 

 

無境 クリシュナムルティは天才的だから、テクニックを必要としていなかっただろう。彼がそう言ってても、誰にでも当てはまらないよ。人は自分がうまくいったことを他人にも当てはめようとするけど、自分がそうであっても、他人も同じようにうまくいくとは限らないからね。それにしても夢妙君は、OSHOやクリシュナムルティは知ってるんだね。

 

 

夢妙 この二人は有名だからね。それくらいは知ってるよ。

 

 

無境 さすがに君でも知ってるんだね。ともかくこの二人はテクニックについて対照的な意見だが、どちらもそれぞれ正しいよ。どちらがいいというものではない。

 

 

夢妙 人は比較をしたがるけど、はっきり白黒つけられないものだよね。

 

 

無境 うん。最初からテクニックなしで、静かに観察してただここにあるができればそうすればいいし、テクニックを活用することで静かに観察ができるようになる人は、大いにテクニックを使えばいいのさ。

 

 

夢妙 昔話から始まった話の結論は、そこに行きつくわけね。

 

 

無境 勝手に話を締めくくろうとするなよ。まだ話は終わってない。

 

 

夢妙 まだ何かあるの?

 

 

無境 さっきも少し言ったが、静かにして観察するには、意識の明晰さが必要だが、それは私が良く言ってる、気づきの主体にあること、プレゼンスということと密接な関係がある。プレゼンスという言葉は、近頃スピリチュアルの本でもでてくるが、それは存在そのもの、それも男性原理での存在ね。エネルギーの向かい方は天と地を貫く流れだな。最初はどっしりとそこにあるという感じだが、次第に周りに偏在していって、広大に柔軟になっていくな。

 

 

夢妙 ただ静かにしてるだけじゃダメなんだね。

 

 

無境 それだときちんとした観察ができないからね、気づきがあってこその観察だから。君のようにただボケボケーとしてればいいとはいかんのだよ。

 

 

夢妙 なんだか面倒くさそうだなあ。

 

 

無境 最初のうちは面倒だったり、しんどかったりするけど、慣れてくるとそれが自然になってくるんだよ。だから夢妙君も、プレゼンスを意識してボケーとしてみよう。

 

 

夢妙 まあ気が向いたらね。

 

 

無境 そう言うだろうと思った。こういうことは強制してやるものではないから、後は君次第だよ。

 

 

夢妙 というわけで今回はここまでにしない?

 

 

無境 まあ一回目から飛ばし過ぎてもなんだからね。感覚もつかめてきたし、今回はこれでお開きとしますか。それにしても君との対話はなかなか楽しかったから、また近々対話しよう。

 

 

夢妙 またすぐにやるの?無境さんはそう言っていても、いつになるかわからないからなあ。

 

 

無境 今回はやる気がでてきてるんだよ。

 

 

夢妙 それはいいけど、どうぞお手柔らかにね。

 


恩寵を分かち合う瞑想会

2015年08月01日 08:02:56

カテゴリー:瞑想会

恩寵は常にここにありますが、私たちの側が閉じていて、恩寵を受け取ることができなくなっています。この瞑想会では、恩寵を受け取るきっかけとなることを目指します。

恩寵とは何か?それは言葉で説明できるものではありませんが、あえて言うならばこの世を超えたより微細な次元からのものです。
それを光として体験する人もいるでしょうし、エネルギーを感じる人もいるかもしれません。体験は千差万別ですが、大元は一つです。

恩寵を受け取る鍵はハートにあります。瞑想会ではハート瞑想を行いますが、それでは十分ではありません。
その背景に気づきとくつろぎがあります。まずは気づきを明確にし、それから心身をくつろがせ、男性原理と女性原理を統合させていきます。

気づきがなくハートが開くと、方向性を見失います。そしてくつろぎリラックスすることで、広がりと深みが生じ、ハートが開いていく準備ができます。それからハート瞑想に取り組むことで、恩寵を受け取ることができてきます。

瞑想会ではこれらのこと以外に、身体技法や音を用いて、瞑想しやすい状態を形成していきます。
ですから瞑想初心者の方でも、安心して参加していただけます。瞑想に慣れた方は、普段とまた違った広がりや深みを体験できるかもしれません。

覚醒者の中には、「恩寵の働きがないと、覚醒は生じない」という人もいます。恩寵は魂の目覚め、覚醒において非常に重要なポイントです。
そして魂の目覚めや覚醒に関心がない方でも、恩寵の働きによって、この世の苦しみを軽減させ、できるだけ楽に生きていくことが可能となるでしょう。

◎日時  8月16日(日) 14時~17時

◎料金  3000円

◎場所  埼玉県  申し込みをされた方に、具体的な場所をお知らせします。

参加希望される方は、お申込み・お問い合わせから連絡お願いします。