精妙な音と恩寵の瞑想会

2016年01月08日 14:34:29

カテゴリー:瞑想会

現代人は体はこわばり緊張し、精神も多くのものを抱え込み、静かに座って瞑想することが難しくなっています。いきなり静かに内面を見つめようとしても、それは非常に困難です。静かに座る前に心身の状態を整えておく必要があります。そのために多くの技法がありますが、この瞑想会では音を用います。精妙な音を聞いているだけで、心身が浄化され調整されていきます。主にシンギングボウルの音を聞き、感じていただきます。それだけで瞑想の準備が整います。

 

 

間近で聞くシンギングボウルの音色は繊細かつパワフルで、身体を浄化し、エネルギーを整えかつ強め、意識を鮮明にしてくれます。それに加えて最新のスピーカーを用いて、より立体的な音の場を形成します。古からの叡智と、最新のテクノロジーが融合した音と波動の空間にいるだけで、大きな癒しの効果と瞑想が自動的に起こります。

 

 

瞑想会では精妙な波動を用いますが、それには音のように五感で知覚するものと、五感では知覚できないより精妙なものがあります。瞑想会ではどちらも体験していただき、瞑想の手助けとします。

 

 

瞑想の準備が整ったら、静かに座っていきます。気づきを明確にし、存在そのものにくつろぎ、ハートを開き恩寵を受け取っていきます。これらを段階を踏んで進めていきます。恩寵は常にここにありますが、私たちの側が閉じていて、恩寵を受け取ることができなくなっています。この瞑想会では、恩寵を受け取るきっかけとなることを目指します。恩寵とは何か?それは言葉で説明できるものではありませんが、あえて言うならばこの世を超えたより微細な次元からのものです。

 

 

それを光として体験する人もいるでしょうし、エネルギーを感じる人もいるかもしれません。体験は千差万別ですが、大元は一つです。恩寵を受け取る鍵はハートにあります。瞑想会ではハート瞑想を行いますが、それでは十分ではありません。その背景に気づきとくつろぎがあります。まずは気づきを明確にし、それから心身をくつろがせ、男性原理と女性原理を統合させていきます。気づきがなくハートが開くと、方向性を見失います。そしてくつろぎリラックスすることで、広がりと深みが生じ、ハートが開いていく準備ができます。それからハート瞑想に取り組むことで、恩寵を受け取ることができてきます。

 

 

瞑想初心者の方でも、安心して参加していただけます。瞑想に慣れた方は、普段とまた違った広がりや深みを体験できるかもしれません。覚醒者の中には、「恩寵の働きがないと、覚醒は生じない」という人もいます。恩寵は魂の目覚め、覚醒において非常に重要なポイントです。そして魂の目覚めや覚醒に関心がない方でも、恩寵の働きによって、この世の苦しみを軽減させ、できるだけ楽に生きていくことが可能となるでしょう。

 

 

瞑想会では私がリードする形をとりますが、「教える側」「教わる側」というものではなく、そこに集う人たちによって恩寵が起こり、それを分かち合う場となります。上下関係はなく、そこにいる人たちが同じ立場で恩寵を分かち合います。そのことを五感を超えた、より微細なもので感じ取ってみてください。

 

 

◎日時  1月23日(土) 14時~17時  
 

 

◎料金  3000円

 

 

◎場所  埼玉県  申し込みをされた方に、具体的な場所をお知らせします。

 
 

参加希望される方は、お申込み・お問い合わせから連絡お願いします。



無境さんと夢妙君との対話  瞑想会にて~瞑想のプロセスについて  

2016年01月04日 14:47:10

カテゴリー:エッセイ,対話

無境    シルバーウィークに瞑想会を開催したんだ。
 
 
夢妙  あのねえ。何事もなかったかのように対話を始めているけど、前回からどれくらい間隔が空いたと思ってるんだい?去年の9月以来だよ?!それにシルバーウィークって、いつの話だよ?昨年の秋のことじゃないか?その説明もなしにいきなり対話を始めようたってそうはいかないよ。
 
 
無境  まあまあ。確かに数か月経ってしまったけど、色々とあったんだよ。そこは大人の事情ということで。
 
 
夢妙  何が大人の事情だよ。単に怠けていただけじゃないか。
 
 
無境  そう言われてしまうと身も蓋もないが、いつの間にやら時がこれだけ流れていたのだよ。
 
 
夢妙    本当にしょうがないねえ。まあいいや。それで昨年のシルバーウィークでの瞑想会は、いつものように参加者は少なかったんでしょ?
 
 
無境    それは言わない約束でしょ。精鋭少人数だからいいんだよ。
 
 
夢妙    それでも、もう少し参加者が増えて欲しいと思っている無境さん。
 
 
無境    そりゃ折角だからもう少し来て欲しいと思わなくもないが、あまり殺到されてもなあ、というのもある。
 
 
夢妙    まあ今の段階では、少人数でやっていくのがいいんじゃないの。
 
 
無境    うん。それに来てくれる人は、こちらが伝えたいことを確実につかんでくれているんでね。そういう人が来てくれるのはありがたい。
 
 
夢妙    それでどんな人が来たの?
 
 
無境    二回開催したんだが、初日はここのところ定期的に来てくれるKさんが参加してくれた。Kさんはカイロプラクティックを生業としていて、色んな知識が豊富で、座禅の体験もある人なんだ。瞑想の初心者ではなく、ある程度やりこんできているね。
 
 
夢妙    そうなんだ。Kさんは今回参加してどんな感想を抱いたの?
 
 
無境    Kさんはもう何度も参加してくれて、瞑想会の流れはもうわかっているから、説明はほとんどせずに瞑想を進めていったが、今回は淡々と進んでいき、瞑想後のシェアもとりたてて何かがあったわけではないと言っていたんだが、興味深いことはそれまで瞑想会に参加したり、自宅で瞑想をしていて、下から何か突き上げてくるものがあったらしいんだが、近頃はそれがなくなり、瞑想会でも突き上げるものはでてこなかったと言っていて、これは瞑想が退歩してしまったのではなく、最初はダイナミックな体験などがよく起こるけど、それが段々弱まっていき、終いには消えていく。それはきちんとしたプロセスなんだが、そのことを理解していないと、「それまで起こっていた体験が消えてしまった。瞑想が進まなくなってしまった」と勘違いしてしまう人もいる。でもそうではなく、次の段階へと至る過程なんだ。
 
 
夢妙    ふーん。そうなの。体験が弱まったり消えてしまったら、瞑想ができていないとか、面白くないと、何も知らないと思い込んでしまうかもね。
 
 
無境    そうだね。Kさんにはそのことを説明して、Kさんもある程度の知識があるから、それについてはすぐ納得してくれた。Kさんは何かやると決めたらとことんやるタイプなので、今後どうなっていくか楽しみだよ。
 
 
夢妙    折角また瞑想を始めたんだから、続けてもらいたいよね。でも瞑想が進んでくると、体験が弱まるとか、消えていくのはどうしてなの?
 
 
無境    Kさんの場合、突き上げるものがあったが、瞑想をしていくと、今まで眠っていたエネルギーが活性化してくる。下から突き上げるものは、ひょっとしたらクンダリニーかもしれないが、ともかくエネルギーが目覚め、それまで塞がっていたエネルギーの通り道を浄化し始める。最初は浄化の過程で何か当たるような感覚や、体が揺れたりとか、熱を発生させたりとか、様々なことが起こる。それが浄化が進んでくると、エネルギーが滞りなく流れるようになり、衝撃や熱などは起こらなくなってくるんだよ。
 
 
夢妙   塞がったエネルギーの通り道を通していく過程では色々な体験などがあるが、通り道が浄化されて、エネルギーが滞りなく流れ始めると、体験が弱まったり消えていくんだね。
 
 
無境    そう。そのことを理解できず、途中で止めてしまう人もいるが、もったいない話だよ。Kさんは続けて欲しいけど、こればかりは本人次第だからね。
 
 
夢妙    そうだね。それで二回目はどんな人が来たの?
 
 
無境    二回目は今回初めての人だったけど、10日間のヴィパッサナーを体験していたから、全く瞑想を行ったことがない、というわけではなく、その点ではやりやすかった。話していてもこちらの意図を的確に掴んでくれて、瞑想はどうなるか楽しみだったけど、思っていた以上の成果があったよ。
 
 
夢妙    へー。それはよかったね。どんな感じだったの?
 
 
無境    参加してくれたのはYさんという人だけど、Yさんが瞑想会に参加して思ったことをまとめてくれて、それが面白いのでここに載せるね。
 
 
 
《瞑想とは〜無境さんとの対話の中で〜》

 

とらわれないこと。

 

瞑想の大事なポイントは以下の3つ

 

①気づき

 

プレゼンス 男性性 垂直方向 縦 思考、感情、身体の感覚にただ気づき続けること 眉間

 

②くつろぎ

 

女性性 拡がる 拡大方向 横 心身全体でゆったり味わうこと 寝そべり 下腹部

 

③ハート

 

無境 他者との境なし 梵我一如 小宇宙と大宇宙の融合 苦しみと喜びの交換 慈愛 胸部

 

そして、以上にもとらわれない。言語化して理解したということにもとらわれない。感じる感じないにも囚われない。ただあること。そしてあることにもとらわれない。

 

ヴィッパーサナーは、主に気づきのプレゼンスが強い修行方法。そこは入り口であり、その先がまだまだある。

 

しかし、まずは気づきをもってから、くつろぎやハートに行く必要があるため必要なプロセス。よってヴィッパーサナーが自分にとって良かったからといってとらわれてはならない。

 

横になって瞑想してもよいし、ハミングしてもよい、シンギングボールしてもよい、音楽聴いてもよい、自分の身体がなくなり意識のみになったことをイメージしてもよい。

 

マインドからの解脱、人間がそもそも在るべき姿に還っていくこと、それが瞑想。
 
 
 
こんな風にまとめてくれたんだが、とても興味深いね。
 
 
夢妙    ふむふむ。無境さんがよく言ってることを、簡潔にまとめてるね。
 
 
無境    そうなんだよ。一度やってみただけで、これだけ簡潔にまとめられるのは大したものだよ。
 
 
夢妙    まずとらわれないこと、とあるね。
 
 
無境    これは私がよく言っていることだが、瞑想そのものや、瞑想体験にもとらわれないこと。豊富な瞑想体験をしてそれにとらわれている人もいるが、それは幻影でもあり、そこにとらわれていては本質を見失う。それと自分の学んだり実践してきた瞑想や教えにとらわれ、それを絶対視する人も少なくないが、自分には良くても他者には合わないこともあるが、それでその人を否定したり、教えを押し付けるようでは、いかに素晴らしい体験をしていても何にもならないどころか害にすらなってしまう。そこにはまり込んでいる人も多いんだけどね。
 
 
夢妙    頭が痛いのに胃薬飲んでもしょうがないというか、体に悪いようなもんだね。
 
 
無境    そう。瞑想は薬みたいなもんで、的確に用いれば大いに利益があるが、間違えてしまうと全く効かなかったり、下手すると心身を損ねてしまう。だから瞑想を教える側も教わる側も、十分な注意が必要だ。それができていないことも多いがね。
 
 
夢妙    それから3つのポイントになるね。まずは気づきと。
 
 
無境    プレゼンスとよく言っているが、気づきは英語だとアウェアネスだけど、気づきの主体にとどまることをプレゼンスと表現している。それは男性原理であり、エネルギーや意識のベクトルは垂直で、最初は眉間に感じやすい。あくまでもそれは最初の段階で、慣れてくると全体に偏在していき、特定の方向や場所ではなくなってくるんだ。でも最初からそれは理解できないから、まずはそこから入っていく。
 
 
夢妙    いきなり全体だとか言われても、わけわからないからね。ピンポイントに集中した方が、最初はわかりやすい。
 
 
無境    そう。まずは眉間なりに集中するなり、中心軸を意識していかないと、全くわからなくなる。でもいずれはそれも手放していくんだけどね。どこかに集中するのはわかりやすいし、はっきりとした体験を伴う。全体に偏在するというのは、最初は雲を掴むような話で、それまで確固としたものがあったのが、非常にあやふやな感じがしてしまう。でもいずれはプレゼンスは特定の場所にあるのではなく、全体に広がり、偏在していることが体得していく。
 
 
夢妙    ふむふむ。それでプレゼンスを確立していくにはどうすればいいの?
 
 
無境    プレゼンスに関して、それを体得していくために色々とテクニックはある。眉間や頭頂に集中するというのも有効だし、視覚や聴覚から働きかけることもできる。ただこういうことは文章で説明するには限界があるので、実際に教えてくれる人に直接教わるのが一番だよ。実際に体験してみたい方、私に連絡してください。どうぞよろしく。
 
 
夢妙    最後の言い方、スタイリーのCMみたいだね。スタイリースタイリー。
 
 
無境    何で君がそんなこと知ってるんだ⁉︎私がまだ物心ついたばかりの頃にやってたCMだぞ。
 
 
夢妙    僕は古いことに詳しいのさ。
 
 
無境    それにしても古すぎる。スタイリーのCM動画で見れるが、時代を感じるよ。最後のセリフは、「ワタシニデンワシテクダサイ。ドゾヨロシク」とアメリカ人のおっさんが言ってるが、当時はインターネットもなく、連絡と言えば電話しかなかったからなあ。携帯電話も当然まだ存在せず、固定電話のみでそれもダイヤル式の黒電話だぞ。
 
 
夢妙    昔の電話はダイヤルだったらしいねえ。僕はボタンを押すものしか知らないから、ダイヤル式というのがどんなものかよくわからない。
 
 
無境    説明すると長くなるから話を戻すよ。君と話しているといきなり脱線するから、油断も隙もありゃしない。
 
 
夢妙    固い話ばかりでは詰まらないからね。それで実際にプレゼンスの瞑想なりワークなり行うには、実際の指導を受けなさい。ということね。結局そういうことになるのか。
 
 
無境    人によっては「自分の所に来させようとして、結局それかよ」という人もいるかもしれないが、これは事実だからね。独学でやっていてもなかなか成果は出ないし、場合によっては危険でもあるからね。ただ1つ言えるのは、瞑想中だけでなく、普段から色々と思考や感情が浮かんできても、それを追いかけたり、押しのけたりせずただ眺めている。これは瞑想中には普段よりも思考や感情に気付きやすく、いわゆる雑念に翻弄されて瞑想できない、という状態になりやすいんだが、雑念が浮いてくるのは当然のことであり、あまり気にする必要はない。そんなことをしている暇があったら、その時こそ瞑想のチャンスで、生じては消えていく思考や感情をできるだけ平静に見つめている。そうするとまた次のものがくる。それが消えてまた次がくる。これを繰り返してしていく。そうすると次第に思考や感情の背景にある、来ては去っていくことがないものがあることに気づいてくる。そしてそれと共にあるようにしていくんだ。これが根本であり、様々なテクニックはその補助にすぎない。
 
 
夢妙    聞いてみると簡単そうにも聞こえるけど、実際にやってみると難しいんだろうね。食べ物が浮いてきたら、ついつい食べたいと思っちゃうし、憎たらしい奴がでてきたら、コンチクショウ、となってしまうのが人情というものじゃない。それを冷静に見つめているというのは、僕にはとても難しいな。
 
 
無境    誰でも初めからできるものじゃないよ。やはり何度も繰り返してできてくるものだよ。
 
 
夢妙    そりゃそうだよね。すぐにできるなんて人がいたら、余程の大天才かただのボンクラだろうよ。ちょっと質問だけど、その思考や感情の背景にあるものに気づいていくというのは、思考や感情を無理に消してしまうことではないんだね?
 
 
無境    思考や感情を無理に消し去ろうとしてもまず不可能で、そうしようとすればするほど、却って思考や感情が逆襲して強くなってしまう。ダイエットして最初のうちはうまくいくが、やがてリバウンドしてしまうことも多いが、意識もそれと同じで無理矢理どうこうしようとしても、しっぺ返しを食らうのがオチだよ。
 
 
夢妙    なるほどね。それにしてもただ見ているだけで雑念が次第に静まり落ちていくというのが、ホントにそうなのかな?と思っちゃうね。
 
 
無境    思考や感情に対して、それを押しのけたり、否定しようとしたら、それは介入していることになり、そうすると思考や感情に燃料を与えているようなもので、益々それらが強まるのさ。ただ眺めているというのは、思考や感情に介入せず、燃料を与えないことになる。そうなると元々思考や感情は本来自分自身のものではないから、自然とどこかに行ってしまうことになる。でもほとんどの人々が思考や感情を自分自身のものだと思い込み、燃料を与え続けているから、そこから解放されるのが難しくなっているね。
 
 
夢妙    無境さんはよく「何もせずただある」ということを言うけど、それに繋がってくるのかな?
 
 
無境    うん。人は何かをし続けている。それは別にいいんだが、それによって本来の自分自身の在り方というものを見失っている。本当は外側に喜びや自由があるのではなく、内側に内在しているんだよ。まあ本当は内も外もないのだけど、まずは外側にばかり意識が向いているのを、ベクトルを内側に向けるところから入っていく。それがプレゼンスのワークで非常に重要なことなんだ。そして気づきの主体、思考や感情などに影響されることのない存在があることにまずは気づいていき、それと同化していく。本当は同化というのは正しくなくて、そこに帰っていくというのがより正確だな。なぜならそれこそが本当の自分自身だから。
 
 
夢妙    それが本当の自分自身と言われても、まだ確信があるわけじゃないけど、なんとなくこういうものかな?というのはあるね。
 
 
無境    最初はそれでいいよ。最初から「私はわかりました‼︎」などと豪語する人は、ただの思い込み、勘違いのことが多いからね。エゴが自己主張によって「私は理解した」と言っていることが多い。まずはなんとなくから始まり、次第にそれが確信になっていくよ。
 
 
夢妙   そうか、わかったよ。気づき、プレゼンスについて少し理解が深まったが、これで終わりじゃないんだよね?
 
 
無境   そう。それはあくまでも一要素であり、まだ大事なことがあるんだ。
 
 
夢妙    で、次は何だっけ?
 
 
無境    お次は簡単にいうと、くつろぎ、アジズやフーマンはビーイングと言っている。プレゼンスもビーイングも存在だが、プレゼンスが男性性で、ビーイングが女性性ということになる。プレゼンスを体得していくには、集中や努力という要素も必要だが、ビーイングはそれも手放してただくつろぐ、明け渡してただあるということで体得していく。
 
 
夢妙    そうか。それはただ怠けているとは違うんだよね?
 
 
無境    ここは間違えてはいけないところで、修行も瞑想もいらないと主張する人たちの見解をただ鵜呑みにして、ビーイングにくつろぐどころか、ただの怠惰になってしまうケースもある。ビーイングにくつろぎただあるというのと、怠惰で無知の状態は全く違うよ。
 
 
夢妙    そうだよね。ただ怠けていつだけで覚醒していったら、こんな楽なことはないけど、現実はそう甘くはないよね。それでその2つを見分けるにはどうすればいいの?
 
 
無境    それは背景に気づき、プレゼンスがあるかどうかだね。気づきを失ってただくつろいでいると、それは怠惰さになっていく。気づきを保ちつつゆったりとくつろいていると、ビーイングにただあるにつながっていくよ。気づきと一般的に言われる集中は違って、ここでは一点に集中するのではない。プレゼンスのワークが進んでくると、四方八方に気づきを保ちつつ、ゆったりとくつろいでいることができてくる。これは言葉だけでは正確に説明できないから、やはり体験を積んでいかないといけないね。
 
 
夢妙    なるほどね。それを聞いて思ったことがあるんだけど、武道では脱力するように言われるけど、単純に力を抜いて、軟体動物のようにへにゃへにゃになってしまうのではなく、一本芯が通った状態で脱力をすると聞いたよ。僕はちょっとだけ武道をかじってるけど、そこでそのことを教わって、それを意識してみたら技がきちんとできるようになってね。軟体動物のような状態だとさっきの話だとただの怠惰で、一本芯が通って脱力しているのが、プレゼンスが背景にあるビーイングということにもなるのかな。
 
 
無境   君もなかなか良いことを言うね。伊達に私と対話を続けてないねえ。
 
 
夢妙    今更何を言ってるの。僕は僕なりに無境さんの言ってることを理解しようとしてるんだよ。
 
 
無境    いやでも今の例は私はその通りだと思うし、武道も体験してナンボの世界だから、瞑想に通じるものがあるね。最終的には芯が通った状態も手放すけど、それは段階が進んでからの話で、まずは一本芯を通していくことが不可欠だよ。
 
 
夢妙    それでビーイングを体得していくとどうなっていくの?
 
 
無境    瞑想では広がり、深みを体験していくね。意識が拡大していく。プレゼンスでは意識が鮮明になり、ビーイングでは意識が拡大すると大雑把な言い方になるが、そういうことは言えるかな。これは個体差があるから、必ずそうなると思って欲しくないがね。そして日常においてだが、ビーイングができてくると器がでかくなっていく。一般的にも「あの人は器が大きい、小さい」などと言うけど、器が大きくなると、非常事態が起こったり、ストレスがかかるような場面になっても、あまり影響をされなくなってくる。器が小さいと、何かあるとすぐにぽしゃってしまうな。
 
 
夢妙    もしそうなら、ビーイングを体得するのはとても利益があるね。
 
 
無境    うん。瞑想の時だけよくて、日常ではズタボロという人がいるけど、それではしょうがなくて、日常に活かせて初めて瞑想の意味があるというものだよ。プレゼンスだけだと脆かったりするが、ビーイングが加わることで、柔軟で真の強さが生じてくる。
 
 
夢妙    無境さんはビーイングのワークをすることで恩恵はあった?
 
 
 
無境    私は以前は兎に角修行は激しくやって、集中する瞑想ばかりやっていて、修行や瞑想でくつろぐなんて考えもしなかったんで、ビーイング最初はよくわからなかった。今でもビーイングが弱いという指摘をされることもあるんだけど、でも意識が拡大して深みがでてきているのは実感している。そうするとストレスにも強くなるし、困ったことがあっても時間が経てば解消されていくね。これはビーイングのおかげだよ。
 
 
夢妙    なるほど。ビーイングが無境さんに大いなる恩寵となったわけだね。これでめでたしめでたし、、とはならないんだよねえ?
 
 
無境    うん。伝統的なやり方ではこれで一丁上がり、となるところだが、最後に重要なものがまだ残っているんだ。
 
 
夢妙    それがハートってことか。
 
 
無境    まさにその通り。夢妙くんよくわかってるじゃない。
 
 
夢妙    もう何度も無境さんから耳にタコができるほど聞いてるからね。自然と覚えちゃったよ。
 
 
無境    そりゃそうだよね。私がもう何度も口が酸っぱくなるほど言ってるからな。覚えてないはずがないな。
 
 
夢妙    でもハートというのは、どうもわかりにくいな。ハートと聞くと、なんだかほんわかして愛でキラキラ輝くみたいなイメージあってね。無境さんのイメージとどうも合わないな(笑)
 
 
無境    よく私のことを第一印象は怖いとか、男性性優位でバリバリに活動してるみたいな印象を持つ人がいるんだが、当の本人としては全然怖い人間ではないし、活動ばかりしてなくて静かにしてることが多いんだがね。若い頃に行を無茶苦茶にやった名残かもしれないが、怖いとか男性性優位だと言われる度にどうも違和感を禁じえないな。
 
 
夢妙    それは仕方ないよ。実際深刻な顔をしている時の無境さん怖いからね。実際話してみると全然違うんだけどね。
 
 
無境    そのギャップがいいんだよな。(笑)それはともかくハートは最初ビーイングと同様よくわからなくてね。それまでハートなんてほとんど意識したこともないし、ハートが開くとか活性化するとか言われても、全くわからなかった。それが何度かハートの瞑想に取り組んでいたら漠然とこんな感じかな?というのがでてきて、そしてリトリートに参加したらハートの辺りに圧力があって、それからジワジワとハートが開いていく感覚があったんだよ。
 
 
夢妙    へー、そうなんだ。そのハートが開くってチャクラのことなの?
 
 
無境    私が思うには、チャクラという感じではないな。チャクラも含まれるのかもしれないが、それをも包含したもっと真奥なものだよ。
 
 
夢妙    そうは言われてもよくわからないな。
 
 
無境    プレゼンスやビーイングもそうなんだけど、特にハートは体験しないと全くわからないからね。伝統的な瞑想をやっていた人は、プレゼンスやビーイングはわかっても、ハートはよくわからない、という人もいる。伝統的なやり方ではハートを意識することは少ないから、とてもわかりにくいんだね。瞑想に慣れている人でもわからないという人がいるくらいだから、わかりにくい人にはなかなか実感できないようだね。ハートがわからない、というのは男性に多くて、女性はよくわかるという人が多いな。女性は逆にプレゼンスがよくわからないという人が多い。男性性だから当然だと思うがね。
 
 
夢妙    なるほどね。それでハートが開くとどうなるの?
 
 
無境    フーマンとフーマンから指導を受けたキヨタカさんの対話集のタイトルが「恩寵の扉が開くまで」なんだが、ハートがまさに恩寵の扉なのさ。恩寵は常にそこにあるんだが、ハートが閉じていることで我々の方からそれをブロックしている。それがハートを開いていくことで、恩寵を受け取るようになっていくんだ。
 
 
夢妙    恩寵をねえ。無境さんはハートが開いて恩寵を受け取るようになったの。
 
 
無境    私個人的にはそれを実感してるよ。
 
 
夢妙    でもさ、それは客観的に証明できないよね?無境さんがいかにそう主張しても、それは無境さんの単なる思い込みかもしれないよね?こういうのって言ったもん勝ちじゃん。近頃ネットとかで自称覚醒者が雨後の筍のごとく出現しているけど、それも本人はそう言ってるけど、本当に覚醒したかどうかなんてわからないよね。
 
 
無境    君の言ってることは至極真っ当なことだ。確かに私がハートが開いて、恩寵を受け取っているなんて、周りに完全なる証明などできないし、私がそう信じ込んでいるだけかもしれない。これに関しては無理に証明などしようとせず、自分自身の今後の生き方によって、それが本当のことか、ただの思い込みか示されていくだろうと今は思っているよ。
 
 
夢妙    言葉だけではいくらでも言えるからね。それにスピリチュアルなんて完全な科学的証明など不可能だし、その人の生き様に現れてくるものかな。
 
 
無境    そうだね。少なくとも私は、ハートが開くことで恩寵をエネルギー的に感じたり、普段の生活でもどこか守られているなと感じたり、内面が落ち着いてきている。これは自分自身で実感していることで、いかに「そんなもんインチキだ」と言われても、普段の生活で現れてきていることは、インチキもへったくれもないからね。これがいわゆる神秘体験ならば「そんなもんインチキだ、幻想だ」と言われてもその通りだが、例えばエネルギー体験をして、それによって普段の生活で活力がでてくるとかそういうことは思い込みとかインチキと言われても、私の思いが揺らぐことはないよ。
 
 
夢妙    瞑想中だけでなく、普段の生活でも実感しているなら、それはとても素晴らしいことだよね。スピリチュアルの世界では、頭でっかちの人や、口先ばかりで実生活ではしょうもない人も多いからね。少なくとも今の無境さんは、そんなことはないもんね。
 
 
無境    珍しく君から褒められたね。なんか妙な感じだが、有り難く受け止めておくよ。
 
 
夢妙    それはどうも。それでハートを開くにはどうすればいいの?
 
 
無境    プレゼンスやビーイングでは色々とテクニックはあるが、ハートのワークでもテクニックはあるが、特にハートはテクニックではないんだよね。よく考えるな、感じろ。と言われるが、ハートはまさしくその世界で、思考でどうこうできるものではない。普段から感性を磨いておくことは大事かな。美しいものに触れていくというのは、ハートにおいて極めて重要だと思う。伝統的な宗教的概念に染まっている人は、外的な美しさというものを否定する人もいるが、美しさにとらわれてはいけないが、美しいものに接して、ハートで感じることは大切なことだよ。私は瞑想会で、ハートに響く音楽や音を使うが、多くの人がそれでハートを感じるよ。
 
 
夢妙    ハートに響く音楽ねえ。まさかロックとかじゃないよね?
 
 
無境    私はあらゆる音楽のジャンルにおいて、ロックが一番好きだけども、ハートのワークにおいてロックを用いるなどというトチ狂ったことはしないよ。瞑想会でも色々と音を使うが、ロックはさすがに使わない。ただ瞑想でも激しい動的な瞑想もあって、それではロックも使えるかもしれないけどね。この話だけも色々とできるんだが、脱線し過ぎるのでまたいずれね。
 
 
夢妙    僕なんかそのことに関心があるけどね。動的な瞑想についてもっと聞いてみたいけど、無境さん忘れてしまいそうだな。
 
 
無境    年齢を重ねるとともに物覚えが悪くなっているが、忘れないようにするよ。
 
 
夢妙    まあそれはいいとして、ハートはとても奥深いものなんだね。
 
 
無境    そう。キラキラスピリチュアルの人達もハートと言ってるが、単にキラキラと愛に満ち溢れ、などというものでは、少なくとも私のハートの印象とまるで違う。ハートが開くことで本当の私に到達し、自分と他人の区別がいい意味でなくなっていくんだよ。現実世界では自分と他人の区別はある程度必要だが、分離感があまりにもひどくなった今の世の中では、バランスを取るためにもっと多くの人がハートを開いていくことが不可欠だと思うな。そしてハートが開くことで、自分は限定された存在ではなく、広大無辺な存在だということを思い返してくる。そういう瞑想もしているけどね。
 
 
夢妙    言葉で言われるとそうなんかな、と思うけど、実際に体験しないとわからん世界だね。
 
 
無境    全くその通りで、私と君との対話を読むだけではほとんど理解はできないので、関心がある方は、是非瞑想会までお越しください。私もプレゼンス、ビーイング、ハートを提唱しているアジズとフーマンの本を読んだだけでは、何のことだかサッパリわからなくて、キヨタカさんが主催している瞑想会やリトリートに参加して、実体験して初めて理解できたからね。
 
 
夢妙    と無境さんもこれだけ力説しているんで、これを読んで面白いと思った方は、無境さんに連絡して、瞑想なりセッションなり体験してみてください。僕からもお願いいたします。このままでは無境さんが不憫でしょうがなくて。
 
 
無境    最後が余計だが、まあともかく言語だけの理解にはとどまってほしくはないよね。別に私のところで学ばなくても、何らかの形でこの対話の内容を実感してもらえれば、私としては嬉しいね。
 
 
夢妙    ところで今回は対話に時間がかかったけど、次の予定はどうなってるの?
 
 
無境    プレゼンス、ビーイング、ハートが私にとっては最高のものだというのがここ数年あったが、つい最近また別に自分が大きくシフトするものを見つけたのだ。
 
 
夢妙    ほー。それはすごいね。それで一体全体、その無境さんが新たに見出したものとは何なの?
 
 
無境    聞きたいか。それはねえ。。次回の対話で明かすことにしよう。
 
 
夢妙    もったいぶっちゃって。次回までまた間が空いたら、みんな忘れちゃうよ。
 
 
無境    それでは皆さん、次回まで御機嫌よう。さようなら〜。

 



今年最後の瞑想会

2015年12月16日 16:19:53

カテゴリー:瞑想会

2015年も残りわずかとなりましたが、たまった物を浄化し来年に向けて確かな一歩を踏み出すために、今年最後の瞑想会を開催します。瞑想会では音を用います。精妙な音を聞いているだけで、心身が浄化され調整されていきます。主にシンギングボウルの音を聞き、感じていただきます。それだけで瞑想の準備が整います。

 

 

間近で聞くシンギングボウルの音色は繊細かつパワフルで、身体を浄化し、エネルギーを整えかつ強め、意識を鮮明にしてくれます。それに加えて最新のスピーカーを用いて、より立体的な音の場を形成します。古からの叡智と、最新のテクノロジーが融合した音と波動の空間にいるだけで、大きな癒しの効果と瞑想が自動的に起こります。

 

 

瞑想の準備が整ったら、静かに座っていきます。気づきを明確にし、存在そのものにくつろぎ、ハートを開き恩寵を受け取っていきます。これらを段階を踏んで進めていきます。恩寵は常にここにありますが、私たちの側が閉じていて、恩寵を受け取ることができなくなっています。この瞑想会では、恩寵を受け取るきっかけとなることを目指します。恩寵とは何か?それは言葉で説明できるものではありませんが、あえて言うならばこの世を超えたより微細な次元からのものです。

 

 

それを光として体験する人もいるでしょうし、エネルギーを感じる人もいるかもしれません。体験は千差万別ですが、大元は一つです。恩寵を受け取る鍵はハートにあります。瞑想会ではハート瞑想を行いますが、それでは十分ではありません。その背景に気づきとくつろぎがあります。まずは気づきを明確にし、それから心身をくつろがせ、男性原理と女性原理を統合させていきます。気づきがなくハートが開くと、方向性を見失います。そしてくつろぎリラックスすることで、広がりと深みが生じ、ハートが開いていく準備ができます。それからハート瞑想に取り組むことで、恩寵を受け取ることができてきます。

 

 

瞑想初心者の方でも、安心して参加していただけます。瞑想に慣れた方は、普段とまた違った広がりや深みを体験できるかもしれません。覚醒者の中には、「恩寵の働きがないと、覚醒は生じない」という人もいます。恩寵は魂の目覚め、覚醒において非常に重要なポイントです。そして魂の目覚めや覚醒に関心がない方でも、恩寵の働きによって、この世の苦しみを軽減させ、できるだけ楽に生きていくことが可能となるでしょう。

 

 

瞑想会では私がリードする形をとりますが、「教える側」「教わる側」というものではなく、そこに集う人たちによって恩寵が起こり、それを分かち合う場となります。上下関係はなく、そこにいる人たちが同じ立場で恩寵を分かち合います。そのことを五感を超えた、より微細なもので感じ取ってみてください。

 

 

◎日時  12月27日(日) 14時~17時  
 

 

◎料金  3000円

 

 

◎場所  埼玉県  申し込みをされた方に、具体的な場所をお知らせします。

 
 

参加希望される方は、お申込み・お問い合わせから連絡お願いします。



音と恩寵の瞑想会

2015年11月07日 21:21:05

カテゴリー:瞑想会

現代人は体はこわばり緊張し、精神も多くのものを抱え込み、静かに座って瞑想することが難しくなっています。いきなり静かに内面を見つめようとしても、それは非常に困難です。静かに座る前に心身の状態を整えておく必要があります。そのために多くの技法がありますが、この瞑想会では音を用います。精妙な音を聞いているだけで、心身が浄化され調整されていきます。主にシンギングボウルの音を聞き、感じていただきます。それだけで瞑想の準備が整います。

 

 

間近で聞くシンギングボウルの音色は繊細かつパワフルで、身体を浄化し、エネルギーを整えかつ強め、意識を鮮明にしてくれます。それに加えて最新のスピーカーを用いて、より立体的な音の場を形成します。古からの叡智と、最新のテクノロジーが融合した音と波動の空間にいるだけで、大きな癒しの効果と瞑想が自動的に起こります。

 

 

瞑想の準備が整ったら、静かに座っていきます。気づきを明確にし、存在そのものにくつろぎ、ハートを開き恩寵を受け取っていきます。これらを段階を踏んで進めていきます。恩寵は常にここにありますが、私たちの側が閉じていて、恩寵を受け取ることができなくなっています。この瞑想会では、恩寵を受け取るきっかけとなることを目指します。恩寵とは何か?それは言葉で説明できるものではありませんが、あえて言うならばこの世を超えたより微細な次元からのものです。

 

 

それを光として体験する人もいるでしょうし、エネルギーを感じる人もいるかもしれません。体験は千差万別ですが、大元は一つです。恩寵を受け取る鍵はハートにあります。瞑想会ではハート瞑想を行いますが、それでは十分ではありません。その背景に気づきとくつろぎがあります。まずは気づきを明確にし、それから心身をくつろがせ、男性原理と女性原理を統合させていきます。気づきがなくハートが開くと、方向性を見失います。そしてくつろぎリラックスすることで、広がりと深みが生じ、ハートが開いていく準備ができます。それからハート瞑想に取り組むことで、恩寵を受け取ることができてきます。

 

 

瞑想初心者の方でも、安心して参加していただけます。瞑想に慣れた方は、普段とまた違った広がりや深みを体験できるかもしれません。覚醒者の中には、「恩寵の働きがないと、覚醒は生じない」という人もいます。恩寵は魂の目覚め、覚醒において非常に重要なポイントです。そして魂の目覚めや覚醒に関心がない方でも、恩寵の働きによって、この世の苦しみを軽減させ、できるだけ楽に生きていくことが可能となるでしょう。

 

 

瞑想会では私がリードする形をとりますが、「教える側」「教わる側」というものではなく、そこに集う人たちによって恩寵が起こり、それを分かち合う場となります。上下関係はなく、そこにいる人たちが同じ立場で恩寵を分かち合います。そのことを五感を超えた、より微細なもので感じ取ってみてください。

 

 

◎日時  11月29日(土) 14時~17時  
 

     

◎料金  3000円

 

 

◎場所  埼玉県  申し込みをされた方に、具体的な場所をお知らせします。

 
 

参加希望される方は、お申込み・お問い合わせから連絡お願いします。



恩寵を分かち合う瞑想会

2015年10月02日 07:09:14

カテゴリー:瞑想会

恩寵は常にここにありますが、私たちの側が閉じていて、恩寵を受け取ることができなくなっています。この瞑想会では、恩寵を受け取るきっかけとなることを目指します。

恩寵とは何か?それは言葉で説明できるものではありませんが、あえて言うならばこの世を超えたより微細な次元からのものです。
それを光として体験する人もいるでしょうし、エネルギーを感じる人もいるかもしれません。体験は千差万別ですが、大元は一つです。

恩寵を受け取る鍵はハートにあります。瞑想会ではハート瞑想を行いますが、それでは十分ではありません。
その背景に気づきとくつろぎがあります。まずは気づきを明確にし、それから心身をくつろがせ、男性原理と女性原理を統合させていきます。

気づきがなくハートが開くと、方向性を見失います。そしてくつろぎリラックスすることで、広がりと深みが生じ、ハートが開いていく準備ができます。それからハート瞑想に取り組むことで、恩寵を受け取ることができてきます。

瞑想会ではこれらのこと以外に、身体技法や音を用いて、瞑想しやすい状態を形成していきます。
ですから瞑想初心者の方でも、安心して参加していただけます。瞑想に慣れた方は、普段とまた違った広がりや深みを体験できるかもしれません。

覚醒者の中には、「恩寵の働きがないと、覚醒は生じない」という人もいます。恩寵は魂の目覚め、覚醒において非常に重要なポイントです。
そして魂の目覚めや覚醒に関心がない方でも、恩寵の働きによって、この世の苦しみを軽減させ、できるだけ楽に生きていくことが可能となるでしょう。

 

 

瞑想会では私がリードする形をとりますが、「教える側」「教わる側」というものではなく、そこに集う人たちによって恩寵が起こり、それを分かち合う場となります。上下関係はなく、そこにいる人たちが同じ立場で恩寵を分かち合います。そのことを五感を超えた、より微細なもので感じ取ってみてください。

◎日時  10月24日(土) 14時~17時  
      

◎料金  3000円

◎場所  埼玉県  申し込みをされた方に、具体的な場所をお知らせします。

 

参加希望される方は、お申込み・お問い合わせから連絡お願いします。