真に目覚めようとする人はまだ少ない

2020年03月06日 08:50:26
カテゴリー:エッセイ,覚醒
バガヴァッドギーターという著名な聖典があります。その中でクリシュナがアルジュナに対して「私を追い求める者、探し求める者は千人に一人、さらにその中でも千人に一人が、本当の意味で私を理解する」といったことが書かれています。
 
 
ここで出てくるクリシュナは、ここでは真我と言っておきますが、真に真我を求める者、目覚めよう覚醒しようという者は少ない。さらにその中でも真に目覚める者はさらに少なくなるということですね。これは非常に大変な道、容易ではないということですね。
 
 
昨今は目覚めや覚醒、悟りというものが特別なものではない、簡単に悟れるということを言う人がいますが、確かに特別なものではないというのはその通りかと思いますが、簡単に達成できるかというと、これはなかなか難しいと思います。
 
 
私も長年修行なり瞑想なり、探求というものをしてきました。そしてこれは容易ならざるもの、目覚める覚醒するというのは、そんなに簡単なことではないということを身に染みて感じています。
 
 
数年前からスピリチュアルな世界で、非二元・ノンデュアリティというものが流行ってきました。そして自称覚醒者という人が何人かでてきました。
 
 
そういう人たちの本がある程度読まれたり、セミナー、ワークショップに参加する人も増えてきているということを耳にして「これは精神世界、スピリチュアルというものも少しずつ変わってきているかな。目覚め悟りの方向に向かう人が増えているのかな。チャネリングや引き寄せということだけでなく、本質的なものに関心を持つ人も増えてきているかな。そしてそれを達成する人も増えてくるのかな」というある種の期待がありまして、実際にそういう人たちの本を読んだり、セミナーに参加などもしてみましたが、次第にどうもこれはおかしいなと、ちょっと違うなという気がしてきました。
 
 
それはどういうことかというと、本当の意味で目覚めよう、覚醒を求めている人が果たしてどれくらいいるんだろうか?という気が段々してきまして、これはバガヴァッドギーターに書かれているように、本当の意味で求めている人は千人に一人なのだなと今は感じています。
 
 
 
それはどうしてかというと、セミナーに参加して参加者の様子を見たり、質疑応答などの様子を見聞きしていると「これは本当に目覚めや悟りを求めているのだろうか?」ということが度々あったものですから、「これは本当の意味で求めている人は非常に少ないな」と感じるようになってきました。
 
 
 
本格的な瞑想会にも参加しましたが、当然そういうところに参加している人たちは、真に目覚めようとしているとか、そこまでいかなくても瞑想を深めて「私は在る」などそういうものを深めていこうかという人たちばかりかと思ったんですけれども、瞑想してこれこれの体験があったとか、こんなものが見えた、聞こえた、歓喜に打ち震えたなどばかり語る人が多く、それは別に悪いことではないですが、本格的な瞑想の場でそういう発言が出てくるというのは「これは本当に目覚めようとしているわけではないのだな、まだ瞑想で体験する幻想の中に浸っていたいのだな」と
 
 
そしてそういう発言をする人が一人だけでなく何人もいて、しかもそういった発言をする人は非常に賞賛される、「ああ素晴らしいですね」と。
 
 
そして「私は在る」といったことを語る人に対して反応が非常に薄い。「これはいかんな。かなり本格的な瞑想会の場でもこれだったら後は推して知るべしだな」と今は感じています。
 
 
このように求める人が少なければ、達成する人はさらに少なくなってしまう。ある程度覚醒した人の本が読まれたり、セミナーに参加する人もいますが、なぜ本当の意味で求める人が少ないかというと、自分なりに考えてみたんですが、一つには非二元・ノンデュアリティ、目覚め覚醒というものが目新しく映ったのではないかと。
 
 
スピリチュアルといえばチャネリングや引き寄せであったり、ハイヤーセルフや天使、ツインソウルなどといったことが色々と言われてきましたが、非二元やノンデュアリティ、目覚めや悟りというものが特別なことではなく、誰でも目覚め悟れることができるんだよ、と言われて飛びつく人がいると、「ああそうなのか、これまで手の届かないものだと思っていたけれど、私でも悟ることができるのか」と思う人がいて、それはいいんですが、まだ本気になっていない、ちょっとミーハー的な軽い気持ちでそういうところに行ったり、本を読んだりする。
 
 
でも結局のところは最初のうちはよくても段々モチベーションもなくなり、そこから離れていってしまう。そういう状況に今はあるのではないかと思います。
 
 
聞いたところによると、一時期ほどの非二元やノンデュアリティに対する流行、流行りはなく、下火になってきているということです。これからは本当の意味でそういったものを求める、達成しようとする人が残っていくでしょうし、覚醒したという人たちも、本物が残っていくでしょう。
 
 
 
こういうことはあまり深刻になる必要なないですが、本気にならなければなかなか達成できるものではないです。ですからこれからは少しずつ自然淘汰されていき、本当の本物が残っていくでしょうし、これは私の願望でもあるのですけれどもね。ともかくそれが自然な流れではないかと思います。
 
 
動画で見たい方、音声で聞きたい方はこちらをどうぞ。
 
 
 


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